育てるのが困難すぎる子供2/孤独と依存
本格的に勉強をさせるかぁ。
そんなわけで、目標もできました。何でもいいと思う事は試してみることが大事ですので計画的にぴったりそばについて勉強計画!をはじめたわけです。
「いいかい。これからどらこちゃんとデクノは一緒に勉強しようね。一緒にだよ。ずっとそばにいて一緒に頑張ろう!一緒にだよ。」
と言うと一緒に頑張る!ってうれしそうでしたね。
わたしもなんだか希望が湧いてきて楽しかったですよ。なんせ反抗がすごかったものですから、何か目標がないとデクノをしかってばかりで、それもデクノが傷付くようなことも結構言ってしまっていただろうからね。つぐなうつもりもありました。少しぴったりくっついてあげようと思ったのよ。
子育てって子供と共に大人も育っていくものでしょ。子供にちょっと言い過ぎたと思うと反省し、そして少しずつ気をつけるようになる。それでいいと思うのよ。ただね、それにも気づかないひともいるのね。押さえつけだけのひとも。それがすごく問題。なんだか少しやり過ぎたかなとかそのとき思えていれば大丈夫ってことよ。何も思わないようなら、ちょっと精神的におかしくなってきているのか。気をつけないといけないのだけど。
子供は、親に安心しようと反抗します。必死なんですね。まあ、わたしはお婆ちゃんですから少しは遠慮ってものがあるはずなのですが、もうすごい攻撃でしたからね。
子供って安心できる人にしか反抗しないのですよ。つまり、わたしは合格ということです。
デクノはわたしを受け入れているということなのですね。だから、確認してくる。ずっとわたしを目で追ってくる。それなら、わたしもそれを受け入れてあげないと、と思うように努力が必要ですね。
だから、思いきり反抗を受け止めることにしました。
しかし、わたしひとりでしょ。夫がいるわけでもない。これが結構しんどいのですね。
子供が依存して反抗してるとき、わたしがすべてをひとりで受け止めて倒れないようにしないといけないわけですからね。
人間って支えてもらえるものがないと、いくら強がっていても孤立の中では倒れてしまうのよね。人という字の意味がここですごくわかるわよね。
たとえ夫がいても仲が良くなければ寄りかかれないわけだから、居ないのと一緒だわね。
だから、お互い寄りかかれるように仲を良くしていないと反抗期のときなんかは負担がひとりに圧し掛かってしまい余計家庭が崩壊ってこともあるわよね。
だからわたしはね。この時から保育園の先生にも、お母さんにも家の事情を話したの。
今まで隠してたのよ。ママが居なくなりましたなんて恥ずかしくて言えなかったからね。だけど、わたしひとりでしょ。どうしたってひとりはしかたない事実だからね。頼れるひとがいないと倒れちゃうでしょ。もう恥ずかしいなんて言ってる場合じゃないのよね。だから、わたしの周りの人に協力してもらえるひとを増やしたのよ。
そしたらね。反応はね。思っていたよりいいひとばかりでね。すごく助けてくれるようになったのね。
ただ、はけ口になればいいのよ。協力っていうけど、そんなに大層なことではなく、ちょっと事情を知っていて話せるひとがいればいいわけ。ただそれだけでどんなにか自分が楽になるかわかるのよ。
あ~。わたしひとりじゃないって思ったわよ。そしたらね。少し気持ちに余裕が出来たのかね。負担が少し軽く感じるようになったのよ。
かかって来い!デクノ~。って。。
こういう時期はいくら注意してもダメよね。受け止めてあげないとね。子供って育てているひとの気持ちと同じになるのよ。
いやだなぁ。この子といると疲れる~って思うと、相手もイヤな感情が芽生えてね、不安を与えるのよね。ポンコにはそういう気持ちがないから、安定してるのよね。
だからちょっと反省。それにママが居なくなって苦しいのだから、わたしと同じなのよ。苦しいから苦しいのよ。たくさん依存させてあげるような器がないとダメよね。だからわたしは孤独になったらダメなのよ。
少しでも誰かと話しをして負担を少なくして子供を受け入れてあげれるように自分を変えないとね。
子供のうちよ。依存させるだけさせられるのは。満足の依存が無かった子は大人になってから依存するようになるからね。これが本当に大変。まったく自立できない大人がここに誕生してしまう。
だから、子供を依存させて安心させてあげる。。依存を受け止めるほうは孤独はダメよ。倒れることになるからね。
。。。つづく。
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