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エッセイ

2012年2月 8日 (水)

若造夫婦の子育て12

パパと別居となり、ママもデクノと昼間お仕事。わたしは家でポンコとふたり。

なんだかそんな中で、わたし今まで自分の子供ともこんなにゆったり過ごしたことが

なかったので専業主婦になったつもりでポンコのこと育ててみようかなぁと考えたのです。

この子気持ちも落ち着いているようだし、このままこの状態が続くように育ててみましょうか。

そこで、何か習い事でもしようかなぁっと。。

こんな赤ちゃんなのに習い事ね。。。。

と、頭によぎったことが水泳。

わたしね。水泳好きなのよ。子供の頃から何故か水泳の夢を見るのよね。

唯一子供の頃好きだったことは水泳なのよね。

その時代ってスイミングの習い事なんてないけど、夏になると近くの公園の野外プールに毎日通って泳いでいたの。ただ、遊んでいただけだけどね。

だけど、だれに泳ぎを習ったわけでもないが、結構上手になったものよね。

スキこそ、ってやつ?

6年生のときに学校の代表で大会に行ったこともあるのよね。まあ、それで終わったけどね。

きっと、すごく好きだったのかなぁ。大人になるまでたびたび大会で泳いでいる夢を見るようになったからね。

子供の意志がないうちは、やはり親が興味のあることをさせたほうがいいらしいからね。

というと、スイミングって早くから出来るしこれは丁度いいあんばいだなと思ったわけです。

それで、実行のみよ。生後10カ月。ベビースイミング始めました。

スキンシップにいいといわれるベビースイミング。

スキンシップは赤ちゃんの脳を発達させて、コミュニケーション能力、(自我、感情、社会性)がアップするといわれています。

始めるには、一歳になる前のほうがスムーズらしいのよね。

自我が出てこない頃のほうが水を怖がらないので馴れるのに時間が掛からないらしいの。

たぶん、週5日は通ってたわね。こうやって一緒に過ごしたポンコちゃん。

ますます、こころ穏やかなる赤ちゃんと育ってゆくのがわかりましたよ。

一方デクノちゃん達は?ママが相変わらずの格闘!

そして、ママもデクノちゃんに何か習わそう~。思ったらしいのです。

まずは、ポンコちゃんと同じにスイミングへ体験。

最悪です。大わめき~~。水着になっただけで、体験すら受けられませんでした。

そんなぁ?ここまで嫌がらなくてもいいのになぁ。

でも仕方がない。これは却下しましょう。そしてなんとかやってもいいと言ったのが体操。

「体操ならやってもいいよ。。。」でも泣いている。

本人、観念しただけのようだが、水に入らなければまだマシらしい。

愛情不足の育てによって、何するにもほんと苦労する。やっぱり初めが肝心だと肝に銘じるのであった。

とりあえず、体操で決まり。さて、本当にデクノちゃんは通うことができるのでしょうかねぇ。

習い事、悩みますよね。その子によって。

まだ、自分で何かしたいなんてわからない時期は、親が興味のあるものをさせてみるのがいいでしょうが、それも押し付けがましくなく小さい頃は楽しく出来るようにしたいものですよね。

デクノちゃんみたいにどうしても拒絶することはもう諦めるしかないでしょう。

子供も自我が目覚める頃には何がしたいと言い出すので、それで決めるのもいいわよね。

だけど、あれがしたいこれがしたいって言い出してきりがない場合、迷って親も決められなくなってしまうわよね。しかも、経済的に余裕があったりするといろいろたくさんさせてしまうことになるからね。気をつけないとね。

わがままをきくと尊重は違うからね。

子供のいうとおりにし過ぎてもなかなか続かなかったりするから親もそこは少し選択すべきだと思うのよね。

もし、子供の意志でやり出した習い事は、やめたいと言っても続けさせるように仕向けることも大事だと思うのよね。

すぐにやめたりするとこれ結構クセになるからね。

それぞれ、子供で違うから悩むところだけど、どうせやるなら何年も続けられるものを見つけられるといいわね。

習い事。。簡単そうで難しい始めの選択かなぁ~。

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過去記事子供の習い事 ベビースイミングから選手へ

2012年2月 3日 (金)

若造夫婦の子育て11

前回の記事で、パパのあきれ具合はわかったと思いますが、

ママはというと、少しずつ子供のことを考えられるようになってきていました。

(ものすごく遅いですが。。。)

そこから、ママがちょっと今度はパパが親として変なのではないかということも

気付いてきちゃったわけです。

(ものすごく遅いですが。。。)

そして、そのバカ加減を(いつもバカという言葉が多くてすみません。)

気にするようになったのです。(なにが今更ですが。。。)

ポンコちゃん生後2ヶ月。ママバイト始めました。

仕事場には保育所があるのでデクノちゃんとママはふたりで出勤することとなりました。

ポンコちゃんも連れて行こうとしたのですが、生後2ヶ月ですよ~。やめなさ~い。

わたしが見ます。ということでポンコちゃんはわたしの担当となりました。

デクノちゃんは、ママとお出掛け気分でちょっとは変わるかなぁ。

そう簡単に、これまでの仕打ちをみると変わるワケ無いですがねぇ。

だが、ここからです!パパとママの間に亀裂が~。

ママは徐々に、人間として正常な生活を送り、子供にも規則正しく生活させることが大事であると気付いてきたのです。

(何度も言いますが、アホなんですいません。)

そして、デクノの精神状態や発育を退化させてしまったことを反省し、なんとかこれまでのことを埋めていこうと努力するようになったのです。

でも、ほんとここからが大変。

子供を正常な状態までにもっていくなんてたやすいことじゃないんだなぁ。

デクノちゃんは朝から鳴き声でしか、もの言わない子。気に入らないと耳元で大声だしたり、暴れたり、もう、見ているだけで、こっちも脳がダウンですよ~。

まあ、相当がんばってましたねぇ。ママはデクノだけに付きっ切りとなりました。

そして、ポンコちゃんはというと、ものすご~いらく。

この子と一緒にいると別世界にいるようですよ。

この空間!いや~!癒しのポンコですよ。

って、この空間だけですよ。隣りの部屋の三人。すごいことになってますよ。

そして、アルバイトから半年後のある日。

ママから相談が。。。

「もう、離婚したほうがいいと思うけど。。。どう思う?」って。

やっぱりね。そういうことか。。わたしに聞かれてもわからんよ。

とりあえず、言いたい事を相手に伝えたりしたらしいが、まったく通じないらしい。

でも、まあ通じる相手なわけないのに自分が選んだパパだから~。

今更通じないって言ってもねぇ。

ママの主張は。

パパは、子供を育てるに値しない態度だし、遊んでくれても悪い事しか教えないので、悪影響を与える。

(う~ん。あんたもそうだった。)

バイクのこととか、車のことしか頭に無くて金が掛かる。

(まあ、趣味だろうねぇ。)

家族としての夢も希望も話さない。

(もともと、そんな子だったよ。)

とりあえず、本人同士だけじゃ、ラチがあかないのでわたしが話しをすることに。

わ~!いやな予感!わたしあんまりこういうことにクビ突っ込みたくないのよねぇ。

まずは、静かに冷静にお話しをふたりから聞きました。

まあ、ママからはもうすでに聞いているので、パパにお話しを聞きましたよ。

やっぱり、「はぁ。」しか言わな~い!

「もうね。若いとはいえね。ふたりも子供がいるんだからさ。少しは自分を変えてみようとか思う気持ちはないのかな?パパのことはさ。16歳ぐらいから面倒みてきたけどね、。。。」

と話しの途中で。パパが。

「面倒見てもらったつもりないっす!」だって~~。ないっす!ってナイス!

きましたよ~。今までさんざん。何聞いてもはぁ~が、ないっす!ってナイス?

わたしのあの毒父の血筋が目覚めちゃったよ~!この桜吹雪が目に入らぬか~!

「お前。。今すぐここから出てけ。。今すぐだ!一緒に暮らしたかったらアパートでもなんでも自分で借りて出直しても来い!!」

そして、桜吹雪は散ったのでした。。。。。

はい、これで終了。パパは家を出て行きました。そして、別居となったのですぅ。

あ~あ。知~らない!つづく。。。。

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2012年1月27日 (金)

若造夫婦の子育て10

不良パパのことがこの話にはあまり出てこないのですが、

パパとはこの時期まだ、離婚していませんので存在していますよ。

だけどこのパパはある意味御バカなので、パパとしての存在感はございません。

子育てに興味があるとかないとかではなく、パパとはどういうことなのか。

も、考えたことがないというより、考えないというより、わからんちんです。

散々いろいろありましたが、たくさんありすぎるので、今回はひとつだけ。

ある日のことです。パパがデクノちゃんをバイクに乗せてお祭りに連れて行くというのです。

まだ、3歳になってるかなってないかぐらいだと思います。忘れましたが。

ママが、「どうしよう。パパが連れてったけど、大丈夫なのかなぁ。」って言うんです。

普通、こんな会話おかしいでしょう。パパですからね!でも、バイクって。。。

そして、何時間か立ちました。

ママが、「どうしよう。デクノを置いてきたらしい。」って言うんです。

はぁ~。どういう意味?

つまり、デクノが自分の言うことをぜんぜん聞かないので、

お祭りの現場に置き去りにして自分はバイクで立ち去ったらしいのです。

「もう、うるさいから、置いてきたよ」って、電話があったらしいのです。

3歳になったか、ならないかのときですよ。置いてこないでしょう~~~。

最低、最悪、これ犯罪!それも、もう辺りは暗くなってるよ~~~。

ふざけてるより、犯罪だよ。ほんとに~。

その祭り現場まで、自転車で向っても30分は掛かるところ。も~。どうすんのよ~。

頭真っ白になって、それと怒り!自転車で現場へ。猛スピード!

あ~。も~。ふざけんな!ですよ!

そして、現場へ着きました。わりとスケールの大きなお祭りだったのでごった返してるしで、

汗でだらだたよ~!迷子の預かり所にとにかくいかなきゃ~。

どうか居ますように。もう、祈るのみですよ~。~。~。

そして、

居ましたよ~!デクノちゃんが。。。。預かり所に。あ~。。。。。

「デクノちゃん~!!!」

「保護して頂けたのですね。ありがとうございます。」

すると、係りのひとが。

「パパが怒っていなくなりました。迷子です。」って警備のひとのところにデクノが来たそうです。

えっ?デクノって、「まめ」しか話せないはずだよね。。。。何言ってるんだこのひと。。。。

「すみません。それってこの子が本当に言ったのですか?あの~。」

と言い掛けると、すかさずデクノが。。。

「アッ!どらこちゃん!パパがいなくなっちゃたの」だって。

ほんとに、話してる。話せるの?話せるのに話せなかったの?

もう、よくわからん。頭がパニック!

そして、デクノはその日から、ベラベラと一日中話している子供となったのでした。。。

逆に少し、黙っていてくれ~~。ぐらい。。。

とにかく、馬鹿すぎるパパの話しです。今だからこんなふうに書けるけどね!!!(怒)

バカっていう言葉はあまり良くないけどさ。。。

馬鹿につける薬はない。とはこういうことか。

それでは、つづく。

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2012年1月25日 (水)

若造夫婦の子育て9

我が家にポンコがやって来た。

デクノの子育てのことを思うとポンコは同じ間違えをしないでママに育ててもらいたい。

わたしは、手出ししないで見守ることにした。少しはママも変わってきたから今回は大丈夫だろう。

ポンコは、思ったとおり。おだやかな赤ちゃんだった。ママもそんなポンコにやさしい気持ちで世話を焼くことができるようだ。

「なんでだろうね。この子。すごくおとなしい。楽だね。」と、ママ。

なんでだろう。。。じゃ、ないだろう!!

ママはポンコには自然に世話を焼けるようになっていた。

まあ、ここまでは良かったのですが。。

デクノちゃんの気持ちは。。。。デクノちゃんの怒りがポンコが現れて更に勃発するのです。

そんなママとポンコを見てふざけるな!とでも言っているように。

まあ、下の子が生まれると上の子はやきもちは焼くのですが、そんなやきもちというより、まるで、かたき。

デクノはポンコに意地悪を開始。

抓る。蹴る。踏んづける。。。。。。泣く。喚く。暴れる。脅かす。。。。

ポンコを抱っこさせまいと、必死にママの膝にしがみ付く。デクノの戦争が始まります。

そりゃそうだよね!デクノにしてみればふざけるな!だろうね。

それにしても、あまりの酷さに唖然。原因がわかっているのにこれが毎日続くと、正直逃げたくなる。

人間とはというより、わたしだからか。。弱い。こっちがどんどんオカシくなってくるからこれって怖い。

だが、ポンコちゃん。デクノ攻撃にちっとも泣かない。にこにこ。

この子、器デカイな!わたしが負けてる。

この頃デクノは2歳半ぐらい。にもかかわらず、やっとひとつの言葉を発しました。

そのことばとは。

まめ!です。まめ。まめ。まめ

その他は奇声だけ。あ~。う~。きゃ~。

まめが始めての言葉。ママとかパパとかじゃない。

ところで、まめってなんでしょう?実を言うと。

ダメ!って本人は言っているつもりなのでした。

今迄で生きてきてダメ!しか印象にないんだなぁ。最低すぎる。そりゃ~。頭もおかしくなるな。。。。

も~。わたしが、まめ!

デクノちゃんの異常な態度はポンコ攻撃だけではない。

何をしていてもすべてが気に入らない。寝ない。フンフン一日中言って、機嫌のいいときはほとんどナイに等しいのだ。

とにかく凄い。幼児検診がある時などはママひとりでは対処できないほど、暴れるのでわたしも一緒について行ったほどだ。

身長も測れない。もちろん体重も。どういう状況だと思いますか。

看護師さんたちもいるのに。。。

身長をムリやり計ったときは、4人がかりで羽交い絞めですよ。

寝かせて頭、手、足、胴体をそれぞれが担当して、やっとです。

すべてにおいてこの状態。普段の着替えでも服を脱がせるだけで、プロレス。

まず、言葉は通じません。あらゆる手段も拒絶されます。

この先この子はどうなるの。。。

そして、ポンコ生後2ヶ月。ママが話しがあると。。。

「パパが、いまのところやめて転職したの。給料が凄く減ってしまうから、保育所があるところでバイトすることにしたよ。」

え!まだ、ポンコ生後2ヶ月だよ~。

とりあえず、デクノにお友達を作ってあげたいとも思ったらしいのだが。

考えました。どうするか。結論は。

ポンコは保育所には連れて行かずわたしが24時間一切を見る。

デクノは保育所には行くが、ママがデクノと行動と共にし、一切を見る。

つまり、デクノからポンコをしばらく離し、ママとふたりの時間をたくさん作ってあげ、

保育所では同年齢のお友達との接触も持たせてみることで何か少しデクノの世界も変わるのではないかという考えから出した結論だ。

この家の中だけにいても、バトルの繰り返しだけでデクノには、なんの進歩も感じられなかったのもある。

とりあえず、やってみよう~。

二手に分かれることに。

デクノにはママが普通より何倍も必要です。ここまでにしてしまったのはママの責任ですから。。

って、パパってまったく話に出てこないわね。影うす~い。

これからです。パパのバカ親なお話しも。。。

ながいよ~。ほんと、この話終わらない。

それでは、つづく。。。。。

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2012年1月21日 (土)

若造夫婦の子育て8

わたしの家で再び暮らすこととなった、若造夫婦とデクノ。お腹にはポンコ。

デクノのときは夜になると、遊び回って朝帰りだったのが、しなくなった。

家事も出来るようになった。タマネギが嫌いなパパのために思考錯誤して料理をした。

タマネギ嫌いって、結構、料理が大変。

入れないで作るほうが、大抵美味しくない。

タマネギをすって入れたらわからないで食べているのに。。本当に嫌いなのか?

とりあえず、毎日が過ぎる。

少しは落ち着いたかなぁ。

しばし、平和な時代が続いた。

そして、ポンコちゃんは誕生した。

ポンコちゃん体重3800グラム。顔。おかもとたろうさん。

わ~!すごい!おじさんだ

だけど、デクノちゃんの時とぜんぜん違うのにはびっくりだ。

デクノちゃんが生まれたときは体重2500グラム。

どう考えてもこの体重の差。

デクノちゃんは、ママの生活の乱れからの差としか考えられん

生まれたときから、すべて拒否するから、ママと引き離されて保育器で隔離。

ママが退院してもひとり入院となったデクノ

ポンコちゃんはというと、まったく問題ナシ。夜鳴きもしない。よく寝る。よく飲む。

病院でもずっとママと一緒部屋。もちろん一緒に退院

あ~。こんなに差があると、ママ!デクノちゃんに謝らないとね

ポンコちゃんったら、顔がおっさんなだけあって落ち着いている。

ちょっと、残念。。。

その時、ふと思ったこと。

なんだかわからないが、この子がデクノの支えになってくれそうな気がした。

この子もなんか意味があってこの世に誕生したんだろうなぁ。

そんな思いでポンコを見つめながら、しばし幸せを感じる。が、顔が気になる。。。

ずっと、みているとおかもとたろうさんとしか見えなくなってきた~~~。いかん

そして、みんながいる前で、

「おかもとたろう~。」口走っていた。だが、

「えっ!それだ~。どっかで見たような顔なんだよねぇ~」

みんなも口走る。

そう、みんなそれぞれが悶々と考えていたようだった。

その答えをわたしだけが知っていただけなのだ。誰もが思っているとは。。。。

そして、しばし幸せを感じる。

ポンコとの出会いである。

これでオシマイになってほしですねぇ。

めでたしめでたし。なわけないでしょ。。。。あ~つづく。

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2012年1月15日 (日)

若造夫婦の子育て7

ママの妊娠を知ったわたしは、愕然とした。頭に血がのぼったとでもいうように。

まったく、喜べないことだった。生まれてくる子には悪いが怒りでいっぱいになった。

しかし、娘をこうしてしまったのはわたしだ。肝心なときに気付いてあげていなかった。本当に向き合ってあげなかったことが連鎖を招いている。その頃は娘より仕事がなくなることのほうが怖かった。育てるにはお金が必要。たくさん働いてお金をたくさん貯めて。そうすればきっと幸せになれると思っていた。

もう、遅いのか。わたしは何がなんだかわからなくなってしまった。自問自答の毎日だった。

そして、結論は。

諦めない。今からでも絶対に遅くない。まだわたしに出来る事は必ずあるはずだ。

娘は妊娠したことで経済的に不安を感じわたしに相談してきたているのだから、今がチャンスかもしれない。

わたしの家に三人で戻ってくるように言った。その代わり、条件を付けた。

規則正しく生活する。家にお金を入れる。家事をする。わたしが教えるからすべて従う事。

そして、今一番に考える事はデクノに愛情を注ぐ事。

承諾させた。

わたしはもうしばらく仕事をするのはやめることにした。もう失敗は許されない。お金なんか無くてもなんとかなる。今やらなくてはいけないことがやっと分かったからだ。

そして、またデクノ達は戻ってきた。料理、洗濯、掃除、お金の使い方、すべて付きっ切りで教えた。

娘にひとりで献立からすべて考えさせて料理をさせてみたら、なんと作り始めて4時間も掛かった。

掃除をさせたら、大掃除しているのっていうぐらいに何時間も掛かる。

まったく、手際が分かっていないのだ。わたしの責任だな。小さい頃忙しからと娘に教えなかった。自分がやったほうが早いからだ。これがこの結果だ。だが、仕事に行っている間は祖父母と一緒にいたのだから何故と思うが、祖父母も孫であり、父親がいないという理由もありかわいそう育てをして甘やかせていた。わたしの小さいときとは大違いの育てかたをしていたのだ。

娘はいろいろ重なり合って、打たれ弱い、普通のことが何も出来ない大人になってしまった。

わたしは、毎日、毎日今迄を取り戻すかのように、出来る限りのことを教えてあげた。

その繰り返しのうちに、娘の顔はみるみる温かさを感じられるようになっていった。

人を責める前に自分を振り返ること。っか。。。

つづく。。。

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2012年1月13日 (金)

若造夫婦の子育て6

週2回デクノと過ごすようになったのですが、とても気になることがありました。

もうじき2歳ですが、まったく言葉を言いません。2歳頃までにはすでに一語ぐらいは普通は言いますよね。たとえば、パパとかママとかブーブーとか意味のある言葉です。

2歳過ぎたら、2語文を話してもおかしくないはずなのですが。たとえば、マンマちょうだいとかワンワンいたとか。まあ、その子にもよりますから何とも言えませんが。。

でもね、ア~とかウ~、とか声は出ているのですが言葉ではないのですよ。しかも身振り手振りが無い。バイバイと手を振るとかです。見ていると感情がまったく無い様に見えました。ただ、勝ってに動いているだけなんですねぇ。

赤ちゃんは苦痛を泣いて親に訴えます。その時、親や身近な大人は、ダッコしたりして、取り払ってあげますよね。それをしてもれえていなかったらどうなるのでしょう。言葉も掛けてもらえていなかったら。

赤ちゃんはダダをこねたりするのは当たり前の行為ですが、その時に大人がダッコをしてなだめる事で自制心をつけ、正しい行動も覚えていくのです。なんら当たり前の対処ですが子供にとってはとても大事な行為なのですね。

デクノは、この普通の行為を教わらずして過ごしてきたわけで。そう、訴えても聞いてもらえない状態で育って来たということですね。

こうなると、なだめようとしてダッコしても、そり変えて抵抗します。ものすごく嫌がるのです。お手上げですよね。ちょっと嫌は話ですが、虐待で亡くなってしまうお子さんのニュースをみますと、こういうことから、どんどんエスカレートして行くのと想います。お手上げにしたのは回りの大人なんですがね。これ本当にまずい傾向です。

ところがですね。いたんです。すごいヤツが。

ただひとつだけこの子にとって安心して信じられるものがあったんですよ。

それは人間ではありません。

毛布です。生まれた時からずっと一緒にいた毛布。この子、自分を受け止めてくれるものを毛布にしたのです。

この毛布は朝から晩まで一日中自分の傍にないと顔をこわばらせながら、探します。デクノはこの毛布を母変わりにしていたのです。眠くなってくると毛布を握り締めて頬を摺り寄せて、毛布の端をチュパチュパおしゃぶりがわりにして眠ります。

ネコちゃんもそうですが、親と早くに離れた猫はよく毛布の上で足を踏んで(ふみふみ)ますよね。

赤ちゃんや幼児は指しゃぶりで気持ちを落ち着けたりするのでしょうが、デクノのは、ねんきが違いますよ。相当でしたよ。

この毛布が無くなったらこの子どうなっちゃうの~。ぐらいすごい執着でした。真夏でもですよ。いくらなんでも真夏って毛布アッツいでしょに。外に行くのにも真夏に毛布ですから。ちょっと人の目が気になりますが、仕方ないわけですよ。ホントすごいでしょ~。

もう、この毛布しか信用できないとでも言いたげでしたから。毛布さまさまです。

だが、ここまでしてしまったとは。。これはとにかくどうにかする方法を考えんとですよ。

そう思って早いもので、デクノが引越してから6ヶ月目。

いや~!来ましたよ~!ママから。。。

「お金が無いから、生活できない。」コール。

どういうこと?

妊娠したんだって!

ポンコちゃんよ。ポンコちゃんがお腹に。。。

なんなんだよ。デクノも育てられないくせに!アホか!

つづけたくないけど、つづく。。。

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2012年1月11日 (水)

若造夫婦の子育て5

若造夫婦とデクノがいなくなりわたしはひとりになった。

やっとひとりになれたのに、デクノが気掛かりで精神的に全然休まらない。

わたしは時にして日記を書く。毎日ではないがムショウに腹立たしいときばかり書く。

読み返すと酷いもんだ。よくもこんなに怒っていることばかり書けたもんだ。

ときにいいことも書いているが、必ずと言っていいほど次の日裏切られている。

凹んで凹んで。凹むが続いて、また凹む。。。ずっと凹んでいることばかり。これは今わたしが死んでしまったらこの日記をみたものは随分と嫌な気分になるだろうなぁ。なんて考えているとまた凹んだ。

娘の非行が始まった頃からだろうか。中学入学と同時に引越しをし祖父母の近所から離れ離れにしてしまったときから凹みが続いている。非行に走る最大の理由は、さびしさを紛らわせたいから始まる。その時の対処をわたしは間違えた。それがこんな現状を作っているのだ。

娘は、その新しい環境で出会ってしまう人物がいる。娘が不登校となるきっかけを作る人物だ。

そう、それは娘が中学入学の日に出逢ったひと。

娘の学級担任である。

その人物こそが娘の不登校のきっかけを作ってしまうのだ。淋しさをかかえたまま入学した娘は酷く人見知りをした。そして少々ぎこちない態度であった。自分は引越して来たため、小学校の友達がひとりもいないが、他の子供達はほとんどが、小学校からの仲間がいるわけだから、グループも出来上がっていた。そこに入るために、娘は必死あったのだ。担任教師は、そんな娘の態度を受け入れられなかったのか。そして、家庭訪問があった次の日、担任が生徒の前でこう言った。

「家庭訪問をしましたが、生徒の中には家庭的な家でない子がいました。お母さんとふたり暮らしなんですがね。」

娘は、この言葉にこころを閉ざした。娘が思ったことは、家が小さなアパートだから。貧乏だから。お父さんがいないから。先生はわたしのことが嫌いなんだ。そして、担任は娘のその萎縮した態度が気に入らなくもっともっと、攻め立てていったのだ。それを知ったのは1学年が終わる頃だった。不登校になってから知ったのだ。娘は泣きながら、先生のことを訴えた。

だが、2年になり担任が変わった。持ち上がりにならなかったのだ。救われたと思った。新しく担任になった先生は娘の様子を心配し親身になってくれた。そしていつも娘に目を掛けてくれ、そのお陰で不登校だった娘は少しずつ登校をはじめるようになった。2年の3学期は休まず学校に行けるようになったのだ。友達もたくさん出来た。この担任には感謝した。学校の先生に不信感を持っていたわたしだったが、安心して日々を過ごせるようになった。

だが。。。そんな日々も。。。3年のクラス替えで。。。。最悪の事態に。

あの担任が。まさかの、そう、娘のクラス担任になった。有り得ない。正直終わったと思った。悪夢だった。

そして、娘はまた担任のターゲットとなった。こころを閉ざした。自分の髪を剃り落とすなど、自傷行為とも思えることをしだすのだ。ここからは転げ落ちるように不良の道へ。

わたしも何とか出来なかったものかねぇ。情けない親だ。仕事と娘と学校と、もう頭が混乱してしまっていたことは確かだ。後悔しても戻れない。その頃、テレビに奈美悦子さんが出演していて、息子さんが不登校だったという話しをしていた。息子と向き合う為仕事をやめ別荘でしばらくふたりきりで暮らし更生させたと話していた。仕事をやめるなんて、ほとんどその時は不可能だ。やっぱりお金がないとダメだなと思って観ていた様な記憶がある。今のわたしなら別荘はムリだがきっと、他にも方法を見つけて何とか出来ただろう。でも、この頃のわたしには、未経験のことばかり、未知の世界で無理だった。

ところで何を書いていたのか?なんせ記憶を辿りながらだからまとまりがなくて困る。

そうそ、それからしばらくして、娘から電話があった。

大家さんが口うるさいとか、パパが何もしてくれないとか、近所がどうのとか、デクノが部屋をめちゃくちゃにするとか。。。

本当にうるさい!かってに出ていったくせに文句言うな!今迄いかに楽に暮らしていたのかが分かったか!ってもんだ。

そして、、「わたしちょっとバイトすることにした!だからその間デクノ預かってほしいの」だって。まったく本当に自分勝手だ。

ということで週に2回家まで連れてくることに。とにかくデクノのことが心配なので、むかつくがデクノに会えるなら預かろうと思ったのだ。

そして、仕事は朝が早いらしいので前の晩から預かることになった。とにかくデクノを駅まで迎えに。

「デクノちゃ~ん!」

ベビーカーに乗りキョロキョロ見回しているデクノがいた。人ごみの中デクノはわたしに気付き笑顔をみせた。よかった~。また会えたね。

だが、そんな喜びは一瞬に消えた。デクノはダメだ。まだ2歳になったかならないかなのに。

デクノはまったく夜になっても寝ない子になっていた。朝方まで起きている。ふとんに入ってもふとんから抜け出し、そこら中、引っ張り出して遊び回ってしまう。

まあまあ、そんなことはよくあるよ。と思うひともいるとは思うが、文才がないので文章にうまく表現できない。とにかく異常な行動が相当見られた。

ちょっとしたことでも、もの凄い勢いでかんしゃくを起こす。ダダをこねるではなく、罵声、発狂に近い。まさしく異常を感じられた。

デクノは真夏でもないのにずっと手足から汗が滴り落ちて居る。暑いからかく汗ではなく、神経からの汗。ぽたぽた水滴のように。

後から分かったことだが、ある日ママが起きたら部屋中が牛乳でびしょびしょになっていたらしい。デクノがぶち蒔いたのだ。結局そこまでなっているのに気付かないで寝ていたっていうのだから。最悪もいいところだ。ご飯の時間も決まって無いんでしょ。自分が起きたら適当にあげる。オシメも適当にしか取り替えないから被れちゃっている。

デクノが。。。ドンドン異常になってきている。生活が乱れきっている親といれば、こうなるのは当たり前だ。デクノがまったくいう事を聞かないというが、一番かわいい時期の赤ん坊を異常な姿にしてしまったのは自分なのに。

この頃の娘は、自分の異常さにまだ気付かないでいるのである。そしてすべて人のせいにしているのだ。

長くなるので。。。つづく。

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2012年1月 9日 (月)

若造夫婦の子育て4

そのときの記憶が鮮明では無いのですが。。

とにかく、パパ、ママ、デクノが家から出て行ってしまったのです。

突然というのが、今迄多くて思い出すのに頭が多少ごちゃまぜになっている。

この時は、デクノのことで頭がいっぱいになったよね。これはマズイって。2歳には、なっていたと思うのだが。。。なったかならないかぐらいだと思う。

取り合えず、自分達の部屋にあった大物がなくなっていたので、これは居なくなったと。。。

こういうことには慣れているが、今回はデクノが一緒なのでものすごく応えた。

だけど、親子である以上仕方の無い話でもある。まだ、少々荷物は残っているので連絡は入るはずだと思ったが。デクノが。。。

そして、わたしは待つのみしか手立ては無くなった。一日、一日がこんなにも長く感じた日々は無かった。とにかく、心配で倒れんばかりである。だが、信じて待つのみだ。うろたえても何も変わらない。分かっていても居てもたってもいられないのが心情だ。

まったくもって、出て行くものは勝ってなものだ。残されたものがどのぐらいの心配をしているなんて知る由もないのだろう。軽く考えすぎだ。自分本位すぎる。

昔、プチ家出とか言って子供がちょこっと家出するとかいう言葉が流行っていたが、待っている親の気持ちなんてまったく理解していないのだろうな。ちょっと心配させるために気楽にって。でも黙っていなくなるのはよくない。ちょっとどころか気の弱いひとだったら頭がパニックになるぞ。軽薄すぎて嫌になるよ。親に抵抗するにしても卑怯な方法だ。

そして、何日か経ちやっと連絡が入り居場所が分かった。

何ヶ月も前からの計画していたらしい。これからは親子三人で暮らしてみるというので引越先に行ってみた。行くのに一時間はかかるところに部屋を借りていた。

「デクノ~!元気かぁ」

わたしの顔を見てよたよたと走ってきた。

無邪気に目をまん丸にしてわたしを見つめてニコっと微笑んだ。

またこの目だ。この子の目はいつも遠くをみている。表現できる言葉が見つからないが。普通に愛情を貰って育てられた子供の無邪気な目ではないのは確かだ。

その時、正直産むなと言っていればよかったのか。。とさえ思った。

だが、この世に生まれてきた以上この子は何か縁があってわたしと出逢ったのだ。望まれないで生まれてくることなんて絶対にないのだから。きっといいことが必ず後からやってくるはず。

娘はちゃんとやるから、心配しなくていいよと言う。。。。。

信じるしかないのだろう。こればっかりは。だが、この頃の娘には信用性はまったく感じられなかった。自分の子供であるにもかかわらず、わたしの評価は最低だった。

後ろ髪を引かれる思いでそのアパートを後にした。デクノ。。。。ガンバレ。

とにかくデクノが大丈夫ならいいのだが。。。

もういい加減にしろ!と思うかもしれないがまだ、つづく。。。

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2012年1月 7日 (土)

若造夫婦の子育て3

こんな若造夫婦とデクノがいて、倒産なんて~

まあね。会社が傾いているのは気付いていたんだけど、一年位前から。

管理課にいたんだから数字も見てるしね。でもね。いろいろ思考錯誤して頑張ってたから。まだまだいけると思ってたんだが、甘かったね。

倒産の何ヶ月かは現金支給になって、売掛けやら買掛けの資金繰りで四苦八苦。だけど、こんなに早く、いきなり来るとはね。

ちょっとしたこころの準備もなく。。。朝出勤したら、当日言われたのよ。ゲッソリ!

こんなものよね。倒産は二度目なんだけど、前回は、コンピューター会社。世の中バタバタ倒産しだした頃で勤めて1年目で倒産したの。やっと、仕事に慣れてきたのに~の状態の時、結局そのときは上司が自分で会社起こす準備をしていたのでそのままその会社に異動。でも出張ばかりすることになって、続けるのが困難になり転職で今回。10年も務めていたし人間関係もよかった会社だったのに。。だから、ここで働けるまでいるつもりでいたからね。なおさらショックだわよ。

中小企業で組合無いし未払い金は泣き寝入りなの~。って思ってグッタリ。

倒産すると本当に泣き寝入りしなくてはいけないの?とか、うじうじ悩んでるより、とにかく即行動でしょう~!絶対何か方法があるはず!って思って、

まずはパソコンで調べてみたのよ。現在はパソコンも検索ですぐに知りたい情報が出てくるけど、10年ぐらい前って全然検索力なくてさ~。でもあたし、こういう崖っぷちになると諦めないし、しつこいから、シラミツブシに探したのよ。これで生き延びて来てるからねぇ。~

そしたらあったのよやっぱり諦めない事よ

未払い給与の立替払い制度っていうのが。この制度を利用すれば給与の未払い分の80%を立て替えてくれるのよ。しかも退職金に関しても、労働契約、労働協約、就業規則等で支払われることが定められている場合は立て替えてもらえるの。

だけど、個人で会社側に交渉しても上手くいかないことが多いから、同僚を集めて、一緒に交渉していくほうがいいらしいの。

それなら、迷わず実行ってことで、上司に連絡したのよ!そしたら、

「これは使える」って。

100人以上いたんだけど、みんなに知らせたら途方にくれていたのがすっ飛んだらしくて、全員で結束よ!

それからは、その上司と手続きの書類作りやらで明け暮れたわ。たぶん1カ月以上掛かったのかなぁ。でも、早く気付いたからね。なんとか退職金も限度額はあるけど支給されたのよ!大変だけど、やってみるかちはあるわよ。しかも社員でなくてもアルバイトでも支給されるのよ。

前置きが長くて、全然、若造夫婦のこと書いてなかったわね。そのときはね。会社に家が近いのもあって、みんなが集まるのがわたしの家だったから、デクノのこともみんなが見ていてくれてね。全部男のひとですが。。。。毎日のように家に出入りしていたものだから、若造夫婦は昼間寝てるわけも行かず。内心、ザマ~ミロ~ってもんよ

それから当分は雇用保険が支給されるからね。だけど、この若造パパは仕事休ませちゃいけないと思ったから。直ぐに働くところを見つけるように言って面接に行かせたのよ。

せっかく、仕事だけは休まないで行ってたのに、こんなことで怠け癖がついたらたまったもんじゃないでしょ!厳しいかしら

約2年は運送の仕事続けてたのもあって、即、雇ってもらえるところがあったわ~。よかったこれでひとつ解決!

わたしはね。もう丁度いいからしばらくデクノのこと見ることにしたのよ。落ち着いたらバイトでもするかなぁってね。

しか~し!またもや。。。。

まだこれじゃ~終わんないのよ~!

今度は、パパとママとデクノが居なくなったの!三人で居なくなったのよ

家出!家出よ!黙っていなくなったのよ~!最悪な若造夫婦デクノ生き延びろ

またかよどこまで~つづくの~。こころが休む暇なしだねぇ~

またもやつづく。。。。

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